猫にとってキャットフードは好物ではない

好きなものしか出てこない食卓は本当に幸せか。というのが少し気になった。当然みんな幸せだと思うだろう。自分も思う。
ただここで気になるのは、「本当に好きなものしか出てこなくなったら新しく好きになる食べ物は出てこないだろうな」ってことだ。これを寂しいと思うかどうかは人それぞれだと思うが、個人的に飽きも必ずくるだろうという気もする。
なぜこんなことが気になったのか。それはふいに立ち寄った本屋がきっかけだ。最近は電子書籍で買うことが多かったから、なかなか本屋に行くことがなかった。ただ久しぶりに行くとやっぱり本屋はいいなと感じた。電子書籍を買うときには見つけられない本を見つけることができる。店員さんのおすすめの新刊、昔読みたかっけど見つけられなくて忘れてた文庫本、1話だけ読んでやめてた少年漫画。たしかに、ネットでもおすすめとしてたまたま出てくることはあるが、本屋のたまたまとは話が違う。どうしたって直近の購入履歴の傾向からアルゴリズムに沿った本が流れてくる。これはエンカウントではなくてミートに近い。これは効率よく好きな本を見つけられるが、それが何年経っても好きだと思う本かと言われるとそうでもないことの方が多い。
そうなったとき、今のレコメンドシステムは本当に好きなものに出会えるようになってるのだろうか。これはあくまで個人の経験だが、今好きだと思えてるものは基本エンカウントのものが多い気がする。たまたま家にあった絵本、たまたま親が見てたアニメ、たまたま店で流れてたJpop。
好きなものに誰かにおすすめされたものもなくはないが、心から好きと思えるものはエンカウントである比率の方が高かった。
ここ数日感じているのは、自分に合ったおすすめされたもので固められた情報を消費するだけの人生は本当に好きなものに出会えるのかということだ。視野が極端に狭い大人になってしまう気がする。反対意見を全く聞かない頑固上司みたいなものだ。そうならないためにも、人も本も音楽も外に出ていろんなものに触れないといけないなと思う。そうすれば新しく好きなものにも出会える、昔好きだったものに再会できる。と思う。
好きな作家さんが川端康成の言葉にちなんで「初めましての人には自分の好きな音楽を教えるんです。」と言っていたので自分も好きな音楽を一つ載せておこうと思う。好きな理由はまたどこかで語れたら、そのときに。それではまた明日。
サカナクション/ミュージック